かつてライブポーカーのカレンダーにおいて、12月は「安息」を意味する月だった。ラスベガスの狂騒が過ぎ去り、秋のシリーズが一巡した後、プロたちは足を止め、家族と過ごし、新年に向けて英気を養う。それが長年の慣習だった。
しかしその時代は完全に過去のものとなった。
2022年以降、この静寂の月はポーカーエコシステムの中で最も熾烈な激戦区へと変貌を遂げた。今や我々は「冬の三つ巴(Winter Trinity)」の時代に突入している。わずか3週間の間に世界三大ツアーが正面から激突し、プレイヤーと資金を奪い合う事態となっているのだ。
ラスベガスのWPT世界選手権、バハマのWSOPパラダイス、そして欧州のEPTプラハ。これら3大フェスティバルはポーカー経済の地図を塗り替え、地球上で最も高額な賞金が飛び交う舞台を年末に作り上げている。
WPT世界選手権：保証額競争からの脱却と「体験」への回帰
この冬の革命に火をつけたのはワールドポーカーツアー(WPT)だった。2022年、WPTはウィン・ラスベガス(Wynn Las Vegas)と提携しシーズン最終戦の概念を根本から覆した。デビュー戦で掲げた1500万ドルの賞金保証(GTD)は大きな賭けだったが、コミュニティの反応は劇的だった。賞金総額は2900万ドルに達し、初代王者Eliot Hudonは410万ドルを手にした。
その成功に自信を深めたWPTは、2023年にポーカー史上類を見ない4000万ドル保証という大博打に出た。これは強烈な話題性を生み出し3835エントリーを集めたものの、結果として約240万ドルのオーバーレイ(保証割れ)が発生した。主催者にとっては痛手だったが、王者Dan Sepiolをはじめとするプレイヤーにとっては莫大なバリューが還元される形となった。
そして2024年、WPTは戦略を転換した。バハマからの猛追を受ける中、彼らは保証額の公表を取りやめ、「ウィン(Wynn)での至高の体験」とブランド力を武器に勝負に出た。市場は冷静かつ堅実に反応し、Scott Stewartが2392エントリーの頂点に立った。前年より規模は縮小したものの、見出しを飾る数字がなくともイベントとして成立することを証明したのである。
迎えた2025年、WPT世界選手権(12月2日～22日)はその立ち位置を明確にしている。ストラクチャーの質、ラグジュアリーな体験、そしてラスベガスの利便性を求めるプレイヤーにとって、ここは揺るぎない冬の最適解だ。
WSOPパラダイス：6000万ドルの衝撃と力技
WPTが「体験」を売るなら、WSOPパラダイスが提示するのは圧倒的な「期待値(EV)」だ。
GGPokerの強力なバックアップのもと、WSOPはWPTの牙城を崩すべくバハマに戦線を拡大した。2023年の初開催はStanislav Zegalの優勝で成功を収めたが、真の破壊的変革が起きたのは2024年だった。
主催者はバイイン2.5万ドルの「スーパーメインイベント」を新設し、そこに5000万ドルという常識外れの保証額をつけた。市場を金で制圧するという明確な意志表示だ。この攻撃的な戦略は功を奏し1978エントリーを記録。中国のYinan Zhou(周一南)が600万ドルという巨額の賞金を手にした。
2025年12月、WSOPの攻勢はさらに加速している。今年のスーパーメインイベント(12月10日～18日)の保証額は、ポーカー史上最高額となる6000万ドルに設定された。
バハマへの渡航コストや物流の課題はあるものの、テーブル上に置かれたバリューがあまりに巨大であるため、ハイローラーやサテライト通過者にとって無視できない選択肢となっている。Daniel NegreanuやPhil Hellmuthといったスターアンバサダーたちがプロモーションを牽引し、WSOPパラダイスは「記録更新の聖地」としての地位を固めつつある。
EPTプラハ：揺るがない欧州の要塞
北米とカリブ海で巨人が殴り合う中、EPTプラハは欧州ポーカー界の心臓部として鼓動を続けている。
2007年以来の歴史を持つEPTプラハには、ライバルたちが真似できない強みがある。それは伝統、クリスマスのプラハが醸し出す雰囲気、そして完璧なスケジューリングだ。このイベントには空席を埋めるための8桁の保証額など必要ない。
数字がその強さを証明している。2023年のメインイベントではPadraig O’Neillが過去最多となる1285エントリーの頂点に立った。その成長は2024年も続き、ポルトガルのPedro Marquesが1458人のフィールドを制し、約100万ユーロの優勝賞金を獲得した。
欧州のプロにとって、プラハ(2025年12月3日～14日)は戦略的なハブだ。権威あるEPTタイトルを争った後、ラスベガスやバハマへ飛び、他シリーズのクライマックスに参戦することも十分に可能だ。この絶妙なスケジューリングにより、北米からの轟音の中でもプラハはその存在感を維持し続けている。
2026年の地平線：新たな衝突の予感
「カレンダー戦争」は12月だけにとどまらない。業界の視線はすでに2026年のWSOPヨーロッパ(WSOPE)に向けられている。
従来秋に開催されていたWSOPEだが、2026年は開催地をプラハ(キングスリゾートとの提携)に移し、春季に開催される計画が進んでいる。この変更により、歴史あるアイリッシュ・オープン(Irish Open)と日程が完全に重複することになる。
これは極めて論争の的となる動きだ。アイリッシュ・オープンは世界で最も愛され、高いプレイヤーロイヤリティを誇る伝統の一戦だ。そこにブレスレットイベントを直接ぶつけるというGGPokerとWSOPの決断は、欧州市場における「ブランドの権威」対「伝統と情熱」の正面衝突を意味する。
結論：プレイヤーにとっての黄金時代
競争はプレイヤーに利益をもたらす。これが2025年12月から得られる明確な教訓だ。
ポーカー業界は「希少性」の時代から「豊潤」の時代へと移行した。バハマで6000万ドルの夢を追うか、ウィンの優雅な空間を楽しむか、あるいはプラハの歴史に浸るか。ライブトーナメントプレイヤーにとって、これほど選択肢に恵まれた時代はかつてなかった。
12月はもはやシーズンの終わりではない。12月こそがシーズンを定義するクライマックスなのだ。
